おぶせの里だより

医療関係者が自身の経験談や体験談、趣味に関する小話をおぶせの里からお届けします。

「ソロモンの指輪」(コンラート・ローレンツの動物行動学入門)②

5.コクマルガラスを育てて学んだこと(生後の刷り込み現象)

 小さい時から育てたチョックという名のコクマルガラスは、人間を親と思い込み、自分を人間と勘違いしています。求愛行動も愛情表現も人間(私)に行います。つまり、この他人への求愛行動は遺伝子的先天的に決まっているのではなく、各個体の幼少期の刷り込み経験によって決定されるのです。
 知的レベルの高いコクマルガラスの集団は、互いに一羽一羽を認識して各順位が決まります。最上位順位のボスは弱い順位のものに友好的で、いじめられていると弱いものに味方し組織を保とうとします。例えば、順位下位の雌が自分の巣穴を守ろうと、「ツイック、ツイック」と儀式声をがなり立てて上位の雌と争っているとき、ボスは下位の方の味方をしてその権利を守ってあげます。また敵が近づいてきて「ユップ、ユップ」と一羽ががなり立てると、連鎖反応を起こして(儀式的ユップ反応)大合唱を起こし、直接個々が体験しなくてもこれが自分たちの敵だと学習していきます。例としてカササギが雛を狙ってコクマルガラス集団に侵入したとき、侵入したカササギを1羽が見つけるとユップ反応の大合唱で追い払ってしまいます。
 また、コクマルガラスは鳴き声を使い分けて、集団を統率します(言葉の使い分け)。例えば「キャー」は一緒に遠くへ飛ぼう、「キュウ」は一緒に家へ帰ろうといったような使い分けがあります。ローレンツが飼っていたコクマルガラスが集団脱走したときには、ロートゲルプという老練なコクマルガラスが鳴き声の使い分けによって帰巣させました。具体的には「キャー」と叫んで若い仲間を他の集団から分離し拾い出し、その後「キュー」と鳴いて一緒に巣へ戻ってきたのです。

6.ソロモンの指輪を使わずに動物と会話する

 動物は人間のような会話ではなく、感覚器官、動作で反応します。しかも人間よりはるかに研ぎ澄まされた感覚で人間(主人)の心を読み取り(読唇術)、行動に移ります。例として、主人の所に嫌な客が来た時、シェパードのティトーは、主人が客に対して心理的に嫌な感情を持ったと読み取り、お客の尻を噛みます。
 賢いウマや犬が大衆の前で、計算問題を正解できるのも、主人の非常に微妙な表情変化を見ながら解答ししているからなのです。
 インコが客が帰りそうになった時に「じゃあまたね」とタイミングよく発するのも、かすかな人間のそぶりを見逃さずに察知するからです。心理的発達程度が高いインコ類やカラス類は、人間の言葉をまねて"しゃべり"ます。しかもある特定の音をこの鳥類の体験に結び付けることもできます。ボウシインコのパパガロが煙突掃除人に向かって叫ぶという例があります。パパガロは嫌いな煙突掃除人を目ざとく見つけると、その上を旋回しながら「煙突掃除人が来ましたよ」と叫び続けます。これは人間のようにある目的を達成させようとする"おしゃべり"とは違って、言葉の意味とは関係なくこの言葉自体に嫌な体験が結び付いていたからなのです。

7.幼年期の刷り込み現象

 鳥類は、孵化直後に刷り込み現象が起きて一生の親を決定します。ハイイロガンのマルティアの例があります。卵から孵化した雛のマルティアが最初に目にした人間(著者ローレンツ)を一生の親と認識しました。マルティアは孵化直後、最初に聞いた筆者の話すマガモ語で人間(筆者)を親と認識したのです。

8.動物は何を飼ったらよいのか

 人間は飼う動物に何を求めるのかを考えるべきです。一緒に暮らしていけない動物は飼うべきではありません。動物に苦痛を与えてはいけないのです。
 例えば、心理的発達の低いナイチンゲール、ムシクイ、ゴールデンハムスターは、狭い檻に入れても精神的に苦しまないため、檻でも飼えます。しかし、心理的に高等なサル、マングース、インコ、カラス類は、一日一回檻から出して自由にしてやらなければなりません。でないと彼らは心理的に潰れてしまうのです。逆に彼らは心理的に高等なため、自由にしても必ず檻に帰ってきてくれます。

9.人間と犬はどのように結びついたのか

 イヌは、生後極めて早い6か月から1.5年の「感受期」にたった一人の人間を主人として一生の忠誠を誓います。これがジャッカルやオオカミが犬として人間に家畜化された理由です。
 ジャッカル系の犬(耳が垂れている)は、非常になつっこく、可愛がってくれる人なら誰にでも尻尾を振ります。これに対し、オオカミ系の犬(耳が尖っている)は個と個のつながりが非常に強く、ただ一人のご主人様だけに仕え、他人には振り向きさえしません。

10.動物の心理的抑止力

 高度な武器をもった動物(オオカミ等)は、高度な心理をもち、群れの中で社会的抑制力を働かせ、降伏者が儀式的服従の姿勢をとると、それ以上は攻撃しません。一方、ハトのような強力な武器をもたない動物は、抑制力が働かず、服従したものを徹底的に殺戮してしまいます。
 人間はもともと弱い動物で、太古はハトのように敵が服従しても徹底的に殺戮しました。現代では知識の蓄積で高度な武器をもつようになり、宗教的道徳思想も発展し、抑制力が働く心理状態が育ちました(オオカミ化)。しかし、いつ原子のハト状態に戻って歯止めがきかなくなり、破綻が起きるかわからない危うさをホモ・サピエンスはもっています。心理的抑制をもてるかどうかが人間の知的レベルの高さを図る物差しなのです。