おぶせの里だより

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こころの豊かさを求め、自分探しの旅(母校での講演より)<6> ①

 バングラデシュの砒素中毒(1)

 ガンジス川の流れる、いわゆるヒマラヤ下流域にあるバングラデシュやインドの西ベンガル州、ネパール南部のタライ平原で、飲料水の砒素汚染が大きな問題になっています。

 もともとこの地域の人々は、川、池の水そして表層水を汲み上げるダグ・ウエルと呼ばれる"つるべ式井戸"、これが生活用水だったのですが、消化器系の伝染病や寄生虫が非常に多く出るため、ユニセフが中心となって"チューブ・ウエル"という井戸を設置しました。

 このチューブ・ウエルというのは、大体水深20m位の地下水を手押しのポンプで汲み上げる方法なのですが、その水が砒素汚染の原因だといわれています。「池の水の代わりに、チューブ・ウエルの水を飲みなさい」と言われて、それまでの生活習慣を変えた人々が、今度はその水を飲まないようにと言われる皮肉な状況が起きてしまいました。

 安全な水を供給し、食料自給率を上げるために部外者が入り込んで、地域の人々の伝統的な暮らしを変えていったところに、また新しい問題が起こる。開発協力の難しさがここにあります。

 バングラデシュの政府の統計によりますと、全国に六百万から一千万くらいのチューブ・ウエルの井戸があるといわれています。そして、砒素中毒患者数は約一万人と見積もられています。さらに、一億三千万の人口のうち、三千五百万から七千万の人々が砒素中毒の危険にさらされているといわれています。

 慢性の砒素中毒の特徴は皮膚病です。手足の色素沈着、角化、さらに酷くなると、皮膚癌、膀胱癌、腎臓癌、肺癌といった癌がでてきます。手足の症状が出るまでに、飲料水中の濃度によって違いますが、だいたい一年から二十年、あるいはそれ以上経ってから発症するといわれています。皮膚症状などは初期の段階で発見して、原因を除去すれば消失するといわれています。また、ビタミンAとか総合ビタミン剤の投与が皮膚症状の軽減に効果があることが知られています。

 浅い井戸チューブ・ウエルですが、だいたい二千タカ、日本円にして四千円くらいでできるのですが、砒素の出ないといわれる200m以上の深い井戸を掘るには、一万五千タカから二万タカ、日本円で約三万から四万円かかるんですね。これは日本円にするとそんなに大したことがないように思われるかもしれませんが、向こうの人にとっては非常に大変な額で、高給取りの人の年収に相当するくらいの額なのです。

 飲料水の問題というのは、国とか地域の貧困度と非常に関係しています。これは一朝一夕では解決できないかもしれませんが、緊急課題なのです。良かれと思ってしたことが、逆に相手を苦しめて、窮地に追いやってしまうことが時として起こります。叡智を出し合って話し合い、相手の立場に立って解決を図っていくことが非常に大切なのですが、なかなかそううまくいかないのが現実です。国際協力の難しさというのが、こういうところにあるんだなと思います。